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季節外れの落葉に気付いた大人たちは、いち早く行動を起こしました。
彼らは手早く樹の周りを柵で囲い、余分な枝葉を刈りました。
「もう少しの辛抱だ。もう少ししたらもっと過ごしやすい場所でゆっくり療養で
きるからな」
大きな鋏を器用に扱いながら、庭師の青年が気さくに話しかけてきました。
白い服の少年は、青年の華麗な鋏さばきを間近でぼんやりと観賞していました。
『僕も樹も、療養なんて望んでいないんだよ』
弱々しい呟きは青年が歌う陽気な鼻歌に掻き消されました。
シャキンと歯切れの良い音が響く度に、枝は軽くなっていきます。
それと同時に元の身体の一部を失っていく彼は、その存在が更に希薄になってい
きます。
鮮やかで美しかった緑の髪が、古ぼけた写真のようなくすんだセピア色に変わり
ました。
『僕は、"この姿"で"この場所"に生きる樹に宿ったんだ…』
長く生きるために必要な措置でも、姿が変わることは、望まずとも変質を意味す
るということを青年がこの先理解することはないのだろう。
新しい色の髪を触り、これを見たら彼女は悲しむかな、と思考の片隅で考えまし
た。
『君にも僕が見えればよかったのに』
ほとんど元の色を失ってしまった自らの髪を無感動に見つめ、彼は空気に溶ける
ように樹の中へ還っていきました。
**
彼の樹の周りに簡素な柵ができ、いつものように側に座ることができなくなりま
した。
手が入り、一見さっぱりしたように見える樹でしたが、少女はそれが彼にどんな
影響を与えるのかを知っています。
宿る元の姿が変わったことにより、彼の容姿が変わったのか、また性格や記憶が
変わったのか。
全ては彼が姿を見せない限り、少女には知る術もありません。
「……なんで出てきてくれないの」
心配で心配で、少女は彼に会おうと毎日足しげく樹の元に通っていました。
しかし、いつまでたっても姿を現さない彼に、日に日に焦っていくのを自分では
止められません。
「…どうかした?」
公園へ向かう道中、偶然少女と出会った赤毛の少年は、並んで歩きながら心配そ
うに少女を窺います。
「……何でもないよ」
どこか憔悴した笑顔と明らかな虚勢と来れば、とても少年には言葉どおりに受け
取れませんでした。
少年は少し考えて頭を掻きました。
「言いたくなければいいんだけどさ」
何気なしに呟いた言葉に、はたと隣りで少女の足が止まる気配がしました。
半歩先に出た少年は、立ち止まった少女を訝しげに振り返りました。
そしてみるみる涙を溢れさせる少女に絶句しました。
慌ててフォローにまわった少年は、しかし少女の突然の告白に固まりました。
「会って、くれないの」
湿った声は苦しげな吐息とともに絞り出されました。
「何度会いに行っても、会ってくれないの。ちょっと大変なことがあって、私そ
の人のことすごく心配してるんだけど…」
「そいつが会ってくれない心当たりは?」
少女は一瞬だけ返答に窮しました。
「…き、嫌われた、のかも」
自分の言葉に、少女はまたぱたぱたと涙を落としました。
「私が、わがままばっかり言うから、避けられてるのかな」
少年は、しゃくりあげる少女の頭を不器用にそっと撫でました。
「もう私と会いたくないのかもしれない」
「でもそいつはお前が心配してることを知ってるんだろ。それなのに一度も会っ
てくれないのか?」
少女はこくりと頷きました。
当然、少女は少年がその自分の想い人を知っているとは知るよしもありません。
少年の表情が俄かに翳ったことに、泣いていた少女は気付きませんでした。
**
ガンと剣呑な音がして、槌が床に転がり落ちました。
「…くそっ」
赤毛の少年が、誤って槌を振り降ろした指を押さえて顔をしかめます。
傍らで作業をしていた壮年の男が黙って席を立ち、奥の部屋へ消えました。
同じく向かい側で作業をしていた、少年の兄弟子である青年は、少年に向かって
呆れたように肩をすくめてみせました。
その仕草が小馬鹿にしているように見えて、実際に馬鹿なことをした自覚のある
少年は悔しげに口元を歪めました。
「仕事中くらい集中しろ。何いらいらしてるんだ」
呟き、奥から戻ってきた男は氷嚢をぶら下げていました。
少年は罰が悪そうに顔を伏せました。
「嫌なことでもあったのか?」
袋を少年に放りながら、男はさり気なく問い掛けました。
「いえ別に」
少年は問いを紋切り調で切り捨て、受け取った氷嚢を指に押し当てました。
その様子を青年が笑いを堪えて見ていました。
男は少し困ったようにため息をつきました。
「最近ずっと気が散ってるだろう」
「だねぇ。気が散ってるねぇ」
茶化す青年を黙らせる意を込めて、少年が鋭く睨み付けました。
しかし青年は意に介す様子もなく、くすくすと笑っています。
「いえね、親方。こいつ失恋したんすよ」
「…なんだ、そんなことか」
「違う!」
勢いよく噛み付いた少年を見て、親方と呼ばれた男も少しだけ笑みを漏らしまし
た。
「それだけ威勢がいいなら上等だ」
そう言って親方は少年の赤毛をわしゃわしゃと乱暴に掻き回しました。
「違う、まだ……」
されるがままになりながら少年は悔しげに唸りました。
頭の中では先日の少女の話が渦巻いています。
しかし何故それに自分が苛立っているのかが分からず、苛立ちはさらに募るばか
りです。
「不安定な心情は作っているものに伝わるからな。これ以上ケガを増やされても
困るし、落ち着けないなら今日はもう帰れ」
少年はしばらく無言で思い悩むように手元の氷嚢を睨んでいましたが、やがてふ
らりと立ち上がりました。
「……すいません、迷惑をかけます」
「いつも真面目なあいつが、あそこまで荒れてるの見るのは初めてだな」
「お年頃ってやつですからね」
親方は少し考えたように、青年はあくまで楽しそうに少年の後ろ姿を見送りまし
た。
**
赤毛の少年は仕事場を出たその足で、公園に向かいました。
少年はあの白い服の彼に直接話を聞こうと考えていました。
(関わるなって言われたけど…)
「でも…身勝手すぎるだろ」
思い詰めた表情で彼に会う決意を固め、石段を踏み締めるように登っていきます。
(あんなに想われてるのに、あいつを傷つけるなんておかしいじゃないか)
「会ってやればいいのに」
呟き、少年は石段の一番上で立ち止まりました。
少し離れた場所で、少女が立ち尽くしているのが目に入りました。
目の前の公園には、彼の樹の元に金髪の女性が佇んでいました。
どこか見覚えのある女性は、空間を遮る柵を挟んで少女と邂逅していました。
少女の口から震える言葉が紡ぎだされます。
「おかあ、さん……?」
少年は驚いて少女と女性を凝視しました。
既に亡くなっていると聞いたはずの、少女に似た金髪の美しい女性は離れた大樹
の陰から静かに少女を見つめていました。
少女はただ惚けたようにその場に立ち尽くしました。
身体が震えるのを抑えようと、無意識に両手は服の裾をシワができるほど強く握
り締めています。
少女は大きく見開いた瞳にいっぱいの涙を浮かべて、掠れた声で呟きました。
「ひどい……」
喉元まで迫り上げてきた何かを堪えるように少女は口元に手を添えました。
その場からゆっくりと二、三歩あとずさります。
そしてすれ違った少年には気付かずに身を翻し、階段を駆け降りていきました。
少年は少女が泣きながら駆けて行くのを、呆然と見ていました。
金髪の女性はまだ樹の下で無表情に佇んでいます。
女性は走り去った少女を目で追い、姿を見失うとうなだれました。
空虚な沈黙の間を埋めるように暖かな風が通り過ぎていきます。
女性の周りに、いつか見た淡い金色の粒子が現れ、ホタルのように宙を漂い出し
ました。
「…ちょっと待て!」
少年は堪らずに飛び出しました。
集う光の中心で、女性がたった今少年に気付いたという風にゆっくりと顔を上げ
ました。
「あんたそんな格好で何してるんだよ」
女性は、何も答えません。
しかし答えないことで、少年は女性が"彼"であることを確信しました。
少年の顔に血が昇ります。
「前に、俺は関係ないから関わるなって言ったよな。でも俺はあんたと関係なく
ても、あいつが傷つくのは見てられない」
女性は光の中で俯きました。
はっきりしない態度に、少年は声を荒げました。
「あんた何がしたいんだよ!あいつを傷付けるだけなら俺は…」
やがて光は明るさを増し、女性の姿は収縮して子どもの姿を象りました。
そして、それはみるみるうちに白い服の少年の姿へと変わっていきます。
しかし彼は以前に見た姿とは異なっていました。
赤毛の少年は、まったく印象の変わってしまった彼の色褪せた髪をみて、顔を強
張らせました。
姿の変わった白い服の少年は微かな風に枯木色の髪をなびかせながら、支えを失
った人形のようにふらりと樹の幹にもたれかかりました。
『…君には、わからないだろうね』
囁くような弱々しい口調でした。
彼は自らの身体を抱き締め、ひどい顔色で赤毛の少年をじっと見つめました。
少年は彼を睨み付けながらも戸惑っていました。
「…あんた、どうしたんだ?一体何が…」
『慰めてあげて。僕は何もしてあげられないから』
慈しむように柔らかに、泣きそうな声色で彼は呟きました。
突然ぶわっと風が押し寄せ、少年の視界は伸びていた前髪に覆いつくされました。
急いで払いのけると風はもう嘘のように凪いでいて、彼の姿も見あたりませんで
した。
少年は疲れたように額に手を当て、晴れ渡る空を仰ぎました。
「逃げるなよ」
またひとり残されて、歯噛みした少年が低く呟きました。
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